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保護者インタビュー「ある愛のうた」

保護者インタビューまなざし#12

「ある愛のうた」

ユリエさん・トミオさん(40代 九州)

あしなが育英会は、遺児の高等教育支援を行うと同時に、病気や、後遺症などの理由で就労できない親を持つ学生も、奨学金の対象として支援している。今回は、そんな障がい者家庭の保護者から話を伺う機会を得た。ユリエさんの夫、トミオさんは、先天性の心臓疾患を持ち、近年は精神疾患も患っている。大学生になった長女はあしなが育英会の奨学金を利用して、現在、東京の大学で学んでいる。

アウトドア派とインドア派の出会い

「私は、もともとは引っ込み思案で、話をするのが苦手なタイプだったんです。学校生活の中で、どうやったら人と上手くやっていけるのか試行錯誤しているとき、自分が中心となって、周りを引っ張って行った方が、ストレスを感じないことに気付きました」

小学校高学年から、リーダーシップを発揮するようになったユリエさんは、中学、高校と進む中で、「色々なことにチャレンジしたい」という気力に満ちた女性に成長していった。

 

大学の事務員の仕事に就いてからは、長い夏休みを利用してボランティア活動にも参加した。ユリエさんが夫のトミオさんと出会ったのも、そんなボランティア活動を通してだった。それは、障がいを持つ人をボランティアがサポートして、旅行に連れ出す活動だった。

「夫は、ボランティア仲間ではなく、ボランティアを利用する側として、旅行に参加していました。生まれつき心臓に疾患があって身体が弱かった彼は、当時、孤独を感じていたと思います」

 

ユリエさんがトミオさんに抱いた第一印象は、独特なものだ。

「頼りなさそうな人だなって思いました(笑)でも、放っておけないなとも思いました。彼は、私を最初からありのまま受け入れてくれて、一緒にいてとても楽でした」

トミオさんが抱いたユリエさんの第一印象は…。

「楽しい人だと思いました。自分の知らない世界を知っている人だなって。とても強い人ですが、情もあり、懐が深い。温かい人だと思いました。出会ったときから運命を感じて、最初から結婚を意識していたかも。出会えてとても嬉しかった。一生の運を使い切ったと思いました(笑)」

ユリエさんとトミオさんは意気投合し、旅行が終わってからも、交流が続いた。当時、普及し始めた携帯電話で、毎日1~2時間、他愛のないおしゃべりをした。やがて、ふたりは互いにかけがえのない存在と感じるように。

「当時は携帯料金がとても高くて!会って、話した方がいいねっていうことで、行ける時には会いにいきました」

自然な流れで、ユリエさんは結婚の意思を固めた。しかし…。

「いざ結婚となると、彼の病気を理由に、両親は賛成してくれませんでした。でも、『私の人生は私が決める!結婚を認めてくれなくてもいい』と押し切りました。彼となら、苦労は買ってでもしたい、結婚しないで後悔するより、結婚した結果の苦労なら、その苦労は幸せな苦労だ、って思っていました。周囲に反対されようとも、やはり愛を貫きたかったのです」

「幸せの基準は、みんな同じではない」

そして、長女、長男とふたりの子どもに恵まれた。結婚当初、夫は病気を抱えながらも仕事をしていた。2人目の子、長男が生まれるまで、ユリエさんは育児に専念することができた。生活に変化が現れたのは、長男が10カ月になったころだ。

「当時、夫の心臓にはもとからの不安がありましたが、ヘルニアを患ったり、大腸の病気で手術をすることになったりして、体調が悪化しました。結婚前から、いつか彼は仕事ができなくなるだろう、という覚悟はしていたので、いよいよその時がきたか…という感じでした」

そうなったら、自分がバリバリ働いて彼を支えよう。ずっと前から、そう決めていた。赤ん坊がいたので、まずはパート職を探し、やがて正社員へと働き方を変えていった。

 

ユリエさんの職場では、正社員の多くが営業を担っていた。「営業なんて、自分はとてもできない」と思っていた。しかし、ある時、何の根拠もなく、できないと思っている自分に気が付いた。

「ふと、『待てよ、やってみて、初めてできないって言えるんじゃないか?』って思ったんです。それで、勇気を出して飛び込んでみたら、割と性分にあったみたいで(笑)」

営業の仕事は、時間の融通も効いて、子育てや介護をしながら働くユリエさんに向いていた。

夫は、その後、精神疾患も併発し、状態は不安定だったが、そのすべてを受けとめるユリエさんの心にゆるぎはなかった。

 

実は、長男にも夫とは別の先天性の病気と障がいがある。長女を育てた経験から、ユリエさんは、生後まもなくの長男に、何らかの疾患があると気付いていた。検査で病名が明らかになり、1歳くらいから発達の遅れも顕著になってきた。医者からは「育っていくうちに何らかの不都合が出てくるだろう」と言われた。

 

家族の中に、ふたり障がいをもつ者がいる。ユリエさんの肩にのしかかる責任と負担が重くないわけがない。しかし、ユリエさんは「幸せの基準はみんな同じではない」という。

「生まれてすぐに、息子に先天性の病気があることが分かりましたが、それほどショックではありませんでした。この子なりの生き方があるだろうから、その時、その時で、考えればいいのではないか、と思いました」

 

竹を割ったような性格のユリエさんでも、実際には、辛い時もある。長男の障がいは、外見的な特徴はなく、見た目から判断することはできない。しかし、心理状況によっては大きな声を出して騒いでしまうこともある。静かにしなければいけない状況でも、それを理解できずに声を立て、周りから白い目で見られる時がある。それは何度経験しても、やはり辛い。どうして静かにしなくてはいけないかを、長男が納得できるように伝えなければいけないことは、重々承知しているのだが、説明に時間がかけられなかったり、回りの人から嫌味をいわれたりすると、とっさに「静かにして!」と、きつい口調で叱ってしまう。当事者である息子は、さぞ生きづらいだろうなと憂慮することもある。

コロナ禍でキャパシティーを越えてしまった

コロナ禍は、ユリエさんにとって、過酷な状況を作った。営業職にとって、人との関りは欠かせないものだ。日々対面する人の数も多い。「対面は距離を取って。対談は短時間で」という会社のルールに従って仕事をこなしていたが、コロナ感染の恐怖とストレスは、精神的に強いユリエさんをしても、予想以上の厳しさで襲いかかってきた。

「万が一、自分が感染していて無症状だったら…と考えはじめると、不安がつのりました。職場においてはクライアントに迷惑をかけることになる、家庭においては、夫と長男の生死に関わることになる。そう思うと、一瞬も緊張を解くことができませんでした。長女も大学受験をひかえていて、どのタイミングで誰がコロナに感染しても、大変なことになると考えてしまい…コロナが長期化するにしたがって、私自身も精神的に保てなくなりました」

精神科を受診すると、「適応障害」と診断された。中途半端に仕事をして、クライアントに迷惑をかけることだけは避けたいと、一旦仕事から離れることにした。1年ほど前の話だ。

 

「昔から、深く考えないで行動に移すタイプで、どんな状況でも冷静にいられるのが自分の強みでした。フル回転状態で家庭を回していました。しかし、1年前の冬、夫の体調が大きく崩れ、心臓の手術を受けたのです。1つ、2つの心配事は冷静に対処できるのですが、3つ、4つ、5つと不安材料が重なっていくと、上手く回せなくなってしまって。今までとは違う感覚に陥って、とうとう、パンクしてしまいました」

ユリエさんは、初めて弱い自分と向き合うことになった。

 

「人が病んでしまうのは、ほんの何かのきっかけとか、紙一重くらいのことかもしれません。そんなことを考えるようになりました。病気になると、視野が狭くなるものです。夫と似た様な病気になって、彼への理解が深まりました。精神疾患を発症したときに、もっと寄り添ってあげられたら良かったな、と思うこともあります」

今を、一日、一日を生きていく

長女は現在、東京の大学で看護婦になる勉強をしている。中学校時代からの夢を実現しようとしている娘を、両親は誇りに思う。コロナ禍で東京の大学へ出すことに不安はあったが、長女以外の家族全員が病気を抱えている家庭環境では、勉強に集中できないだろうと、彼女の希望を叶える決断をした。

「その方が、娘も成長できると思って」

どんな状況でもユリエさんは、家族の「最善」を考えている。学費はあしながの奨学金などで何とかなっていることにも、感謝している。

 

「この状況においては、長く将来のことを考えるよりは、今、この時、一日、一日生きていくことが大切かなと思っています。困難が起こった時、誰かに声をかけてもらったり、誰かに導いてもらったりして、何とかやってくることができました。不安は沢山ありますが、問題は起こったときに考えればいいか、と考えるようにしています。克服できる試練だけが、その人に与えられている、って思います。その時は、今までもそうだったように、きっと解決策が示されるので、それに従っていこうと思います」

永遠にかけがえのない人

長女が思春期のころ、母子で喧嘩をした。その時、「どうしてパパと結婚したの!」と暴言を吐かれたことがある。それは、「お母さんひとりで苦労してるんじゃない?!」という娘の心の叫びでもあった。

ユリエさんは、一拍おいてから答えた。

「人の良さって言うのは、人それぞれあるけれど、あなたにはまだパパの良さが分かっていないんだね」

トミオさんの不器用ながら一生懸命なところが好きだ。自分がどんなに苛立っていても、それを受けとめ心配してくれるところが好きだ。天然丸出しで、笑わせてくれるところが好きだ。飽きさせないでいてくれるところ、家族を大事にしているところ、どれもがトミオさんのいいところだ。ユリエさんにとってトミオさんは、永遠にかけがえのない人なのだ。

「あなたのお父さんと結婚したのには意味がある」

その言葉を、その時の長女には理解してもらえなかったかもしれない。でも、いつか分かって欲しいと思う。

 

トミオさんとユリエさんの絆は深い。

「妻は、自分の不足しているところを補ってくれる人です。働くことができなくなりましたが、責めるようなことを言われたことは、本当に一度もありません。私の身体を、何だかんだ言っても気にかけてくれます。身体が弱い自分は、運動会が嫌いでしたが、子どもの運動会では私の代わりに妻が走ってくれました。運動会が初めて楽しいと思えました」

この20年の間にふたりで作った思い出は枚挙にいとまがない。

「最近は、彼の身体への負担を考えて、近場に出かけることが多いです。ちょっと車を走らせれば、いい景色がたくさんあるので」

仲睦まじく寄り添う家族の姿が浮かぶ。

 

ユリエさんとトミオさんに、将来の夢を尋ねた。

「家族と、末永く、楽しく生きたい。特に、こういう風になりたいというのはないです。楽しく生きていきたいです。娘が、私の背中を見ているかもしれないので、楽しんでいる姿を見せていきたいです」

と、ユリエさん。

「妻からお願いされている、『自分よりも1日でも長く生きて』を、実現したい。それを実現できるように、妻と家族に寄り添いたい。本当は、妻がいなくなったら、気が狂いそうですが」

幸せの形は、本当にひとつではない。

(インタビュー 田上菜奈)

今回のインタビューで使用した写真は、イメージです。

投稿者

田上 菜奈

あしなが育英会では、会長室、アフリカ事業部100年構想を経て、現在は「お母さん相談室」という部署を担当。保護者からの相談の受付や心のケアプログラムの保護者チームの運営に携わっている。「保護者インタビューまなざし」も執筆している。

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