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保護者インタビューまなざし 自分の人生は自分で作る

保護者インタビューまなざし#19 

井奥裕之さん(40代 兵庫県)

 

3歳の時の事故が原因で障がいを負った井奥裕之さん。障がい者に介護ヘルパーを派遣する団体で仕事をしている。支援を受ける側と、提供する側と、両方を体験するからこそ、見えてくるものがあると感じている。「支援を受ける人も、自分の人生は自分で決めていいんだって伝えたい」ひとりの障がい者として、ひとりの支援者として、ひとりの父親として…溢れる思いを語ってくださった。

3歳で死の淵から生還

井奥さんは、3歳の時に、誤って家の2階から転落した。子どもたちだけで遊んでいるときの事故だった。転落時に頭を強打し、手術で脳内に溜まった血液を取り出す手術を受けた。その影響で、左半身に麻痺の後遺症が残った。

「事故があったのは、クリスマスのちょっと前くらいの時期でした。目が覚めたのは、翌年の1月ということですから、3~4週間は昏睡状態が続いたことになります。目が覚めると、ベッドで寝たきりになっていて、歩くことができなくなっていました。リハビリを続けて4月に退院して、幼稚園に通うようになりました。リハビリで歩けるようにはなったけれども、他の子どもたちのようにスピードに乗って走れないとか、じゃんけんのチー(チョキ)ができないとか、他の人とちょっと違う、ということが分かり始めたのも、幼稚園に入ってからです」

 

病院でのリハビリ中に、印象に残った出来事があった。歩行能力を取り戻すため、リハビリ室で、必死の歩行訓練をした。

「母親が、『ここまで歩きなさい』というわけです。僕は、『ここまで』と言われたところを目で押さえて、懸命に歩くのだけれど、そこまで行くと、母親は後ずさりして、さらに先に歩かせようとしました。母親としては、1歩でも多く、少しでも長く、歩けるようになって欲しいという気持ちでやっていたのですけれど、僕にとってはとてもショッキングな出来事でした。親は『嘘をついてはいけない』と言うのに、『嘘をつくのは親の方だ』という気持ちが芽生えました」

井奥さんは、新しく登録するヘルパーの方々に、この時の経験を語るという。

「頑張りを無理強いする姿は、利用者からすると信頼できる姿ではない、ということをお伝えします。ヘルパーと利用者の間の『信頼』は、何よりも大事だからです」

支援を受けるのにも覚悟が要る

母親は、教育熱心だった。井奥さんが小学校へ入る前には、掛け算をそらんじて言えるようになっていた。それが功を奏したのか、健常の子と共に、普通の小学校へ入学することができた。

「当然、運動会や、遠足にも参加していました。小学5,6年生になると、遠足が山登りになってきます。そうすると、足が悪い僕は担任の先生に呼ばれるわけです。『この先生と一緒に、タクシーに乗って、頂上まで先回りしなさい』と言われます。子どもだから、先生の言うことには反抗できないし、タクシーで頂上に行けてラッキー、くらいに思っていました。みんなが出発した後、先生とタクシーで頂上に先回りして、同級生が登ってくるのを座って待っているわけでが、回を重ねるうちに、「お前だけタクシーに乗れてええな」と嫌味をいう子が出てきたわけです」

この後も、中学、専門学校と山登りの遠足の機会は続いたが、井奥さんは、方針を変えようと思った。

 

「『お前だけええな』と言われたくないので、中学生になると、『先生と登るか?』と聞かれた時に、『嫌です』と答えたわけです。神戸では有名な私立中学へ入学したばかりで、新しい友達ができるか、できないかの大切なタイミングでの遠足ですから、間違いたくない、という思いがありまして。結果、自分の足で登らなくてはならないわけです。自分で行くとはいいながら、どうしても一団から遅れてしまいます。そうすると男子校だったので体格のいいやつがひとり、ふたりと残ってくれ、僕をおんぶしてくれました。他にも、4,5人の子が集まってきて『リュックサック持っていくわ』と助けてくれました。でも、自分としては、背負われながら、失敗したなぁという思いでいました」

教師が、井奥さんを背負う子に向かって、

「お前ら、偉いな、井奥をおんぶして」

と言った。井奥さんは、この子たちの本心は、褒めてもらいたいからではないだろうか、教師に気に入られたいと思ってのことではないだろうか、と考えた。

「僕は、彼らに利用されたのではないか、という、ねじれた思いを抱いてしまったわけです」

 

専門学校に入って間もなく、山登り遠足の機会が訪れた。その日は、朝から微熱があったが、このような行事を休むと、友達を作れないのではと思い、無理して参加した。『タクシーで行こう』という教師の提案を断った。おんぶしようか、荷物持とうか、という同級生からの提案も、頑なに断った。

「助けを全て排除して、ようやくたどり着いた頂上で僕が見たものが何だったかというと、西に大きく傾いた、西日の太陽でした。助けを断った結果として、僕はみんなの時間を奪ってしまったと気がついたわけです」

その時、素直になろうと思った。今度は何かあったら、素直に協力してもらおう、と覚悟する出来事になった。

 

翌年の遠足。同じように、足が疲れて登れなくなってきたときに、同級生が『井奥、おんぶしてやるわ』と声をかけきた。

「その時、僕は『こいつ、女の子の前でええ格好したいんや』と、ひしひしと分かっていましたけれど、素直におんぶしてくれ、と言うことができました。1年前と違ったのは、その1年間にその子らと友達として関わらせてもらって、信頼関係ができていたということです。内心はモテたいだけかも、と思いながらも、頼むことができました。信頼関係が築けると、何かを任せることができると素直に感じられるし、『頼むわ』という言葉を、自己決定で発することができる、ということです」

 

小さなころからの経験で、障がいを持つ自分に対して明らかな敵意を向けてくる人にも、排除する人にも出会ってきた。好き嫌いをいう人もいた。女子からペットのように、特別に優しく扱われることに反発を感じたりもした。しかし、信頼を寄せられる友人にも恵まれた。

「今でも、街中でふいに『荷物を持ちましょうか』と声をかけられると、反射的に『大丈夫です』と答えてしまうんですけれど、信頼できる仲間に対しては、頼ってもいいし、手助けを取り込む勇気は必要だなと感じています。同時に、どんな障がいがあっても、地域で生活して、友人知人を作っていくのが、本当に大事だと痛感しています」

支援の仕事と結婚、子育て

井奥さんは、支援を受ける側を体験したからこそ、支援のあるべき姿や、利用者が理想とする支援が何かを言語化することができる。

「本来、障がいは恥ずかしいことでも、隠すことでもないのです。時代が進んできて、障がいの考え方も、随分と変わってきました。以前、障がいの考え方は『医学モデル』といわれ、障がいそのものを治療することに重きが置かれていました。近年、障がいへの考え方は、社会の手助けがあれば、それを取り除くことができる『社会モデル』へと変わってきています。例えば、足に障がいがあっても、車いすを利用して、ノンステップバスや駅のエレベーターを利用すれば、ひとりでも外出できる、といった具合です。しかし、重度の障がい者にとっては、まだまだ自由に動ける社会にはなっていません。全てのバスがノンステップでなければ、乗れる場合と、乗れない場合が出てくるし、電車も駅員に声をかけて、板を渡して乗り込むという手間を要するため、思い通りの電車に乗れない場合もあります。偶然性に左右される要素も多く、まだ、健常者と同じ、という訳にはいきません」

施設の充実度、公共交通機関の整備具合、ヘルパーやボランティアの数などには地域格差も大きい。障がい者が、好きな地域で、自分の生きたいように生きることには、まだまだハードルがあると感じている。それを取り除くためには、多くの人の理解が必要になる。

「だから、自分は、ひとりの障がい者として、発信をしなくては、と思っています」

 

妻とは、28歳の時に出会った。6歳年下の彼女は、当時、大学で福祉の勉強をしていた。井奥さんの勤めるヘルパー派遣事業所へ学生アルバイトとして登録しに来たときから、運命の赤い糸を感じていたという。

「妻は、僕に障がいがあることを分かった上で、付き合ってくれました。結婚して、3人の子どもも授かりました。夫・父親が障がいを持っていることは、家族にとっても、大きなことであったと思います。でも、自分はあえて、保育園の送り迎えや、行事には積極的に行くようにしていました。井奥のお父さんは障がい者や、できないことがある人やって、堂々と知ってもらうようにしていました」

 

子どもの送り迎えで保育園に行くと、「おっちゃん何で足悪いん?」と聞いてくる子どもがいる。そういう時は、

「おっちゃん、頭打って、頭に血が溜まって、それを取ったら手や足がマヒしたんや」

と答える。すると、後日、伝えた子が、別の子に、

「井奥さんのお父さん、頭打って、足が悪いらしい」

と、伝えている場面を見る。それは、その子にとっても、聞く子にとっても、物事の理解を深めたり、成長につながったりする会話なのでは、と考える。

「僕も思春期の一時期には、自分の障がいを恥ずかしいなと思うことがありましたが、それを体験した分、自分をさらけ出して生きることができています。周りに影響を与えることができるのは、自分にとって、最大の武器かなと思います。自分は、結婚もして、子育てもできていますが、職場で出会う多くの障がい者、知的障がい者の方々が、自分の障がいを受け入れられなくて、戸惑っている姿を目の当たりにします。だから、僕は自分の姿を積極的に見せていかないと…と思っています」

コミュニケーションこそがカギ

仕事を通して、ひとり暮らしを叶えた障がい者の人に出会うと、伝えることがある。

「朝のごみ捨てなど、ヘルパーさんに頼めば済むことでも、自分もごみ収集所まで行ってね、とお伝えします。そこで、近隣の住民と顔を合わせて、顔見知りになることが大事です。コミュニケーションをとることができると、『地域のつながりができている』ことを、実感できます。自分たちはひとりで生きているのではなくて、地域で生きている、地域のコミュニティの中でコミュニケーションをとって生きている、と感じることが大切なのです」

 

それはもちろん、障がいの有る人に限ったことではない。地域の人、支援する者とされる者、家族、誰と誰であったとしても、人の関わりの核心部分にコミュニケーションがある。

「コミュニケーションは本当に大事。そして、そのための信頼関係か肝心。相手のことは、まず否定しないというのが基本です。仕事でも、利用者に何かリクエストされたとき、すぐに対応できなかったとしても、『ちょっと待ってください』ではなくて、『分かりました』が先で、その後に『今、これをやっていますので、それが終わったらすぐにしますね』と、言葉を尽くして説明することが大事です」

その姿勢は、家族に対しても守るようにしている。まずは相手の言葉を否定せずに、受け止めてから、コミュニケーション。

「子どもたちにも、自分で限界を決めるのではなくて、それを超える挑戦をしてみては?と伝えています。何かをしたい、何かが欲しい、という時に、『お金が無いから無理』ではなく、『やってみよか。どうやったらできるかな?』を考えます。最大限の可能性や、実現できる時期や方策を一緒に考えて。謙虚に伝えたいと思っています」

 

コロナ禍で、テレワークになったり、学校が休校になったりして、みんなが不安を感じ、イライラする日が続いた。井奥さんは、家で子どもたちと接しながら、状況を改善するカギを見つけた。

「それは、彼らを空腹にさせてはいけない、ということ!親として、子どもたちのお腹を満たすことに全力集中しました。格別いいもん食べさせなくても、彼らは満足するんです。焼きそばなどの軽食を常備して、それを囲みながらコミュニケーションを取ることで、家族が落ち着きました。会話を聞き逃したり、理解できなかったりしたときには、ひつこいくらいに何?って聞き直して、コミュニケーションを密にしました。コロナ禍で、外出や外食ができなくなった分、子どもとの時間を大切にしたいと思って」

他にも、家族が居心地よく暮らすために気をつけていることがある。

「一番やってはいけないのは、父と母が仲たがいしている姿を、子どもたちに見せることと思ってます。夫婦喧嘩は、表に出すべきではないと。子どもと一緒に過ごしたり、会話をしたりするのは、せいぜい20年くらい。その時間を大切にしたい。妻がやりたいことも、なるべく否定しないようにしています」

自分の人生は自分でつくる

「僕の転機は、障がい者でありながら、障がい者を支援する立場になったことです。支援を受ける立場だけだったら、あるいは卑屈になっていたかもしれません。昔は、支援されて負担感もあったので、自分もやりたいことを口に出せずにいました。家族や周りにいろいろ言われるから、自分で選んで、自分で人生決めている感じがしなかったです」

3歳で、重度の障がいを負い、中学生の時に身体障がい者手帳を取得した。どうして自分だけ人と違うんだろうと考えた時もあった。しかし、誰かを支援する側に立つことで、視野が広がった。

「利用者には、自分のやりたいことや希望を伝えてもらう必要があります。利用者の選択や決定が大事なのです。でもそれは、誰にとっても大事なこと。長女があしなが奨学生になって、あしなが育英会とご縁ができましたが、あしながファミリーである奨学生の皆さんにも、できないことは無いってお伝えしたいです。大変な環境、ままならない状況があるかもしれませんけれど、障がいを持つ僕でも、自分の人生を選んで作ってきているのだから、できないことは本当に無いです。未来は自分のためにあるということを思って、周りと上手く付き合って、自分の未来を積み上げていって欲しいです」

エールを送る井奥さんの目は、キラキラと強い輝きを放っている。

井奥裕之さん

関係団体で休憩中

(インタビュー 田上菜奈)

投稿者

田上 菜奈

あしなが育英会では、会長室、アフリカ事業部100年構想を経て、現在は「お母さん相談室」という部署を担当。保護者からの相談の受付や心のケアプログラムの保護者チームの運営に携わっている。「保護者インタビューまなざし」も執筆している。

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