幼いころSさんも父親を水難事故で亡くし、女手一つで必死に働いて彼女を育ててくれた母親も17歳の時に急死。高校生だったSさんが葬式を出した。高校卒業後にすぐ結婚したが子どもに恵まれず離婚。その後勤めた会社の上司だったYさんと再婚した。
発病から3年後の2003年1月。すでに意識のないYさんに好きだったジャズをヘッドフォンで聞かせてあげた。そして滋子さんが耳元で「もう行ってもいいよ。これからは2人でなんとかやっていくから」とささやくと、ほっとしたかのように息を引き取った。
受験の直前に父を亡くしたにも関わらずKさんは第一志望の高校に合格。特進クラスに入り、さらに勉強に集中した。Sさんは「母子家庭やからって、他の子より不利になることは絶対させへん。あんたは勉強だけをがんばりなさい。私はお金を出すだけや」
仕事は薬局での薬の販売。娘のために融通が利くようパートにした。だが手は抜かない。闘病で疲れ果てた人が来れば自らの体験から親身に相談に乗った。帰宅途中には一人暮らしのお年寄りの家に介護用品を宅配して回る。家に着くと10時過ぎ。必ず一緒に食べる夕食の後、台所の床に眠り込んでしまうことも。
しかし遺族年金とパートの給料では娘を塾に行かせてやるのは無理。問題集と参考書だけでやっとだったが「私も母子家庭だったからかわいそうだとは思わない。これだけ勉強できる環境なのだからするのが当たり前」と厳しく接した。娘も「母は私のために最大限の努力をしてくれている。勉強で結果を出すのは当たり前」と応える。
昨年夏の大学奨学生採用試験で玉井会長に激励され発憤。「WORK HARD」と何枚も壁に貼り猛勉強を続け、この春見事に第一志望の立命館大を含め4つの学部すべてに合格。2つは成績優秀で給付制特別奨学生に。Sさんは職場で結果を聞き「喜びと感動で胸がいっぱいに」「がんばってきてよかった」。涙があふれた。
先日、玉井会長宛に届いた手紙に「がんばり抜いた娘にどうか拍手を送ってやって下さい」との一文があった。厳しく命を懸けて育ててきた娘への愛情があふれていた。(束田健一記者)
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